紅蜥蜴 ◆Dp/20ULSI.

“彼女”の手に、力が込められる。
その手は、すぐ目の前の少年の首へと回されていた。
「あ……が……」
少年が、苦しげに呻き声を上げている。彼の手に握られていた銃が、手から地面へと滑り落ちた。
首を絞める手を払いのけようとするが、もう遅い。
いくら女の細腕とはいえ、ただの子供の力で、戦士として訓練された彼女の手を振りほどくことなど出来はしない。
彼女は、さらに手に力を込める。そこには、一切の躊躇は見られない。
「……が……ぁ………………」
細く綺麗な指は、明確な殺意を顕にして少年の首に食い込んでいく。
(オレ……死ぬの……か……?)
徐々に弱まっていく抵抗。
目が霞んでいく。ぼやけていく視界の中で、少年が最期に見たもの。
それは、運命を狂わされた少年を嘲るような、不気味な笑みを浮かべた……仮面。
「………………」
封じられる呼吸。遠のいていく意識。白目を剥き、口からは泡が流れ落ちる。
さほど時間もかからずに、少年の身体はピクリとも動かなくなった。

少年の名は、真理野コウヤ。クラッシュギアとかいう玩具のチャンピオンを目指しているとか、なんとか……
だが、それだけだ。それ以上の彼の情報は、このゲームに参加するにおいて、不必要なものでしかなかった。
そんな玩具を使うスキルに秀でていたところで、このゲームでは一切役に立たないのだから。

地面に崩れ落ちる少年。
後に残ったのは、仮面を被り、肩にアルマジロのような不思議な生物を乗せた、一人の女性。

(悪く思わないでね)
草むらの中に倒れ伏し、二度と動くことのなくなった少年に対して、彼女は心の中で呟く。
その表情は、仮面を被っているため確認することは出来ない。
ただ、被っている仮面は、変わらず嘲笑を浮かべたままであった。

謎の忍者“紅トカゲ”。
その仮面を被った女忍者は、かつてそう呼ばれていた。
“紅トカゲ”は、少年の持っていた銃を拾い上げる。
(この銃なら、この子の魔力弾も使えるわね……)
肩の生物に視線を向ける。そのアルマジロのような生物は、この殺人劇の一部始終を無表情で見届けていた。
――禍神(まがじん)。
その体内で、魔力を込めた弾丸を作り出す、魔界十二使徒の一体。
それが、彼女の支給品だった。
しかし魔力弾の威力は強力だが、その弾を込め撃ち出す銃がなければ、使い物にならない……
だから、銃を持ち歩いていた無防備な少年を見つけた時、彼女は即座に行動に移った。
(これで、こちらの戦力は一気に強化される……)
銃に、魔力弾を込める。
彼女は、一刻も早く戦力を整える必要があった。
なぜなら―――

「へっ……見つけたぜ」
彼女の背後に、気配が現れる。殺気に溢れた、気配が。

そう……自分に狙いを定めている、このゲームに乗った人間……“マーダー”に、対抗するため。
「どうやらテメーも、このゲームに乗ったクチらしいな」
“紅トカゲ”を狙うマーダーは、背に携えた刀に手をかける。その刀が、彼の支給品のようだ。
コウヤ少年と年齢はさほど変わらない少年だった。
だがコウヤとは違い、この少年はただの子供ではない。かなりの剣の腕を持つ戦士だ。
「あの大納言の思惑通りってのは気に入らねぇが……あいにく、ここでのたれ死ぬつもりはねぇ」
そして今こうして対峙して、彼女は確信する。
少年の目に灯る、危険な光。人を斬ることに躊躇いを持たない、危険人物。油断は出来ない。
「ハンゾーの前に……てめぇからぶった斬ってやるぜ!」
少年――ジャキマルが刀を抜き、“紅トカゲ”に飛びかかる。
それと同時に、彼女は振り返り、銃口をジャキマルに向け……
(氷結魔弾―――!)
込めた魔力弾を、撃ち放った。
「―――あれはッ!?」
身体を捻り、間一髪で銃の軸線上から逃れる。
的を外れた魔力弾は、ジャキマルの背後の木に命中。木は周囲の他の木々も巻き込んで、瞬時に凍りつく。
(かわされた……やっぱり、油断はできない――!)
「あいにく、その武器は知らないわけじゃねぇ……」
禍神――ジャキマルにとっては、“二番目にぶった斬りたい奴”の武器。
だから彼は、その性能を十分に知っている。そして――その弱点も。
(弾込めをっ!)
「遅ぇっ!!」
間合いを一気に詰めて、斬りかかってくる。
弱点……弾込めの遅さにより生まれる隙。
最初の一発を込めた時点で、その弱点は彼女も承知の上だった。
弾込め作業を行いつつ、バックステップ――回避行動に移る。
だがジャキマルの踏み込みの速度は、彼女の予測を僅かに上回っていた。
(くっ……想いの他、速い!)
「もらったぁ!!」
刀が、“紅トカゲ”に振り下ろされる。
刀の先端が、彼女の胸元を斬りつけた。
「っ!」
軽く呻きがあがる。
傷は浅い。元々下に着込んである鎖かたびらのおかげで、実際の傷などないに等しい。
(思った以上の強敵ね……これは、無傷で勝利ってわけにはいかないかも……!)

「ちっ、掠めただけか。だが次はテメーの……」
ジャキマルが彼女へと向き直る。そして……
その目が、彼女の胸元に留まった。
「ッッッ!!!!!!!!!???????」
ジャキマルの一撃で、彼女の忍者服の胸部部分の一部が破れ、彼女の胸の谷間が露になっていたりする。
それを見て初めて、彼は目の前の仮面忍者の性別を認識する。
彼女は女。ジャキマル最大の弱点である、女。
その事実に、ジャキマルは今頃気付く。

ぴ し ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ っ !!!!

ジャキマル、石化。

「な、な、な……」
俺としたことが、なんで今まで気付かなかったんだ!?
仮面を被っていたから、最初に背を向けていたから、声もろくに出してなかったから……
しかしあの女……かなりスタイルがいい。少し注意すれば背後から見ても十分女として認識できただろうに!
ひょっとして、相手を殺すために、無意識にその事実から目を背けてたのか!?
いやそんなことはどうでもいい、やべぇ身体動かねぇ!!
そんな隙だらけの硬直状態を、彼女が見逃すはずがない。
新たに込めた弾が、ジャキマルに向けて放たれる。
(翔翼魔弾――!)
魔弾は真空の刃と化し、ジャキマルへと襲い掛かる。

(やべぇ!)
自身の絶対的危機を察知し、正気に戻る。
だが、その行動は銃弾を回避するにはあまりに鈍かった。

次の瞬間。

刀が宙を舞った。

刀を握る、右手もろとも。

「ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!」

肘から先がなくなった右腕を押さえ、ジャキマルが絶叫する。
もはや勝敗は決した。
だがこのゲームにおいては、相手を完全に殺さねば勝利とはいえない。
(焼炎魔弾――)
彼女は容赦なく、次の弾を撃ち放つ。
深手を負って狼狽するジャキマルに当てることは造作もなかった。
命中。同時に炎が巻き起こり、少年の身体を包み込んだ。
「がああぁぁぁぁぁぁ……」
その断末魔の声は、彼の身体と共に炎にかき消されていった。


バトル・ロワイアル。
様々な世界から人を集め、最後の一人になるまで互いに殺し合わせる。ただ、それだけのゲーム。

このゲームの存在に、いち早く気付いた者達がいた。
――秘密特捜忍者。
ある世界における、日本の平和を影から守る、忍者集団。
どういう経緯で気付いたのかは不明だが、数多くの世界を蝕む、この殺人ゲームを放置してはおけない。
その真相を探るべく……ある一人の秘密特捜忍者が、詳しい調査に向かった。
その忍者の名は……ハヅキ。
彼女は、かつて世界ドロボウ大会において、謎の仮面忍者「紅トカゲ」として参加。
ゴエモンやエビス丸と共に、その裏に蠢く陰謀を阻止すべく戦った。

ハヅキの入手した情報により、特捜忍者達はその危険さと恐ろしさを知らされる。
この悪趣味なゲームは、これまでに何度となく行われてきていること。
いくつもの世界から要人、英雄クラスの人間が次々と失踪し、強制的に参加させられていること。
そして、その度に、数え切れないほどの命が無惨に散っていったという。
誤解、疑心、悪意……曝け出される人間の醜い感情。
それによって崩れる信頼、壊れる精神、増幅される憎悪、加速する狂気。
どれほどの人間であろうとも、ゲームに参加すれば、そのサイクルから逃れる術はない。
そう、ゲームに参加させられた以上……生還できる見込みは、どんな人物であろうと、限りなく低い。

そして、そのゲームに自分達の世界が目を付けられたということも知らされる。
ゴエモン……彼がこのゲームの参加者として既に決定されていることも。
もちろん、当人の意思など関係なく、だ。

その後しばらくして、ハヅキは消息を絶った。
こうした事実を知り……ハヅキ同様、秘密特捜忍者である“彼女”は愕然とした。

どうすればいい?
ハヅキの情報からすると、近いうちにゴエモンは大江戸の世界から消滅し、ゲームの行われる世界へと召喚されるだろう。
このままではゴエモンがゲームに巻き込まれてしまう。
今の自分達に、この殺人ゲームを止めるだけの力はない。
彼の力や心の強さを疑うつもりはないが、周囲の狂気に巻き込まれ、翻弄される可能性は十分にある。
いかにゴエモンといえど、生還できる保障はどこにもない。
だったら……
彼女は考えた末に、結論を出す。ゴエモンを助けるために。

だったら……
ゴエモンさんを、ゲームから生還させればいい。
自分も共に、ゲームに参加して。
ゴエモンさんを、最後の一人にすれば、優勝させればいい。
彼はこれからも、私達の世界にとって必要な存在だから。
いや、そんな建前なんてどうでもいい……
私は、ゴエモンさんに死んで欲しくない。ゴエモンさんが無事に生きていてくれれば、それで……
そのためなら、自分の命がどうなっても構わない。

そうして、彼女は大納言と接触し……自らの意思で、このゲームに参加した。
彼女の大切な人を、守るために。
目的はただ一つ。ゴエモンを優勝させる。
そしてそのために、彼以外の参加者の全てを抹殺する。
(……サスケさんも、ゲームに参加させられているのね……)
名簿を確認し、ゴエモン以外にもう一人、仲間が参加させられていることを確認する。
心の中で、苦虫を噛み潰す。ゴエモンを優勝させるには、彼も殺さなければならない。
だが……これが人間であるエビス丸達であったならともかく、サスケならまだなんとかなる。
サスケはカラクリロボット。頭部の重要なパーツを回収さえしておけば、物知り爺さんに直してもらうことはできるのだから。
だから……壊れても問題ない。壊しても、問題はない。
サスケのパーツを回収してゴエモンに託し、爺さんのもとに持ち帰らせれば、何も問題はない。
(大丈夫。サスケさんも必ず助けてあげるから)
覚悟を決めた今の彼女には、仲間を手にかけることも躊躇わないだろう。

そんな彼女に与えられた支給品。
それは禍神と……ひび割れ、血の跡のこびりついた「紅トカゲ」の仮面だった。
その仮面で、消息を絶ったハヅキの行方は、全て察した。
これが彼女に支給されたのは、偶然か、それとも意図的なものか。
どちらでもいい。悪趣味な話には変わりはない。
彼女は、かつての同僚の仮面を被る。
同僚の遺志を継ぐため、そして、修羅と化した自らの表情を隠すため。
ジャキマルの刀と支給品を回収し、彼女はその場を離れる。
長居は無用。周囲に他の気配がないのは確認済みだが、いつまでも殺害現場にいる道理はない。
辺りを包んでいた炎はやがて収まり、跡には黒ずんだ灰と化した人斬り少年の死体が転がっていた。

今の彼女は、非情な一人のくの一。
その表情は、仮面によって確認することはかなわない。
だが、その仮面の目元から覗く、彼女の瞳は……
ゴエモン達の前では決して見せたことのなかった、冷酷な忍びの目の輝きが灯っている。

(今の自分は……醜い顔をしているんでしょうね……)
そんな考えが過ぎる。
だがそんな感傷はすぐに捨て、彼女は走り出す。
緑色の髪を靡かせながら……新たなターゲットを求めて。


【C-3 森林 15:00頃】
【ヤエ@がんばれゴエモン】
[状態]健康。胸元の傷は体調に何ら影響なし。
[装備]紅トカゲの仮面@がんばれゴエモン、禍神&魔筒使ミゲルの銃@おきらく忍伝HANZO、エースの刀@ウルトラ忍法帖
[道具]荷物一式×3
[思考]1.ゴエモンを優勝させる。ゴエモン以外の全ての参加者の殺害(自分含む)
    2.サスケのパーツの回収
[備考]極撃魔弾(ハルマゲドンブリッド)は手元の銃では使用不能。
    ヤエバズーカ級、またはそれ以上の大型火器が必要。

【真理野コウヤ@激闘!クラッシュギアTURBO 死亡】
【ジャキマル@おきらく忍伝HANZO 死亡】


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