(どうする………罠……にしてもアレはあまりにも……)
そして今、転送先である小さな家を出てから初めて他の参加者を目撃したのだ。
その男は誰かの首が弾け飛んだ際、覆面男に飛びかかろうとして他の人物に押さえ込まれてた者の一人だ。おそらく快楽殺人者ではないだろう。仲間にできる可能性はそれなりに高そうだ。
だが、その男は周りを警戒する様子もなく堂々と肩で風を切りながら歩いている。
それも、奇襲されたらどうしようとか考えてないんじゃないかコイツと言いたくなるような開けた道を、だ。
(罠……にしてはやはりリスクが高い………ほぼ間違いなくあの行動は天然……
………………今回は見送った方がいいか?)
罠じゃなく素でやってるのだとしたら、おそらくは“地上の奴ら”に引けを取らない大馬鹿野郎なのだろう。
そんな馬鹿とは関わり合いを持たず、時折遠くから見下すのが一番だ。
しかし、あの惨状をまのあたりにして相手に突っ込むということは、それなりに腕に自信はあるはずだ。
だからこそ罠だと洒落にならないのだが、ただの馬鹿なら掌で踊らせやすいいい手駒になるかもしれない。
(………科学の進歩に犠牲はつきものだ。その犠牲が私になったとしても、それは仕方のないことか………)
直接関係があるのかすらわからない理屈をひたすら並べて悩んでいた科学者に決意をさせたのは、やはりというかなんというか、ともかく未知の科学兵器への関心だった。
専門分野は生物兵器だが、パッと見ただけとは言えどうなってるのかさっぱりわからない首輪型の爆弾が手元にあるのに、解析するなという方が無理な話だ。
しかし、自分の首輪をいじるにしろ他人の首輪をいじるにしろ、集中しなくてはならないためやはり見張りは必要だろう。
(問題はなんと声をかけるか、か……)
相手が積極的に殺す気はなくとも、こちらが殺る気だと思われて攻撃されたら意味がない。支給された物が物なだけに警戒もされやすそうだ。
余談だが、彼にとって支給されたバズーカ砲は古代兵器に近く、そのシンプルすぎる構成に対して高度な能力を持つその武器もまた、解析対象に入っている。
とにかく、攻撃されたら元も子もない。
はっきり言って殺人に抵抗など全くないが(科学の発展に犠牲はつきものだと、偉大なるダイジョーブ博士もおっしゃっている)、一発外せば返り討ちにあうのは目に見えている。
(やはり友好的だと示すためには、小刻みに震えながらお近づきの印を渡すのが一番……いや、ダメだ。私物は没収されたし、差し出すものが何もない)
先程の家にはカプチーノすら置いていなかったため、バズーカを一度解体する際に使った工具以外何も持って来ていない。かといってバズーカをみすみす渡してしまうのも気が引ける。
「さっきからこそこそ隠れてないで、いい加減出て来たらどうだ?」
こちらに背を向けたまま、金髪の男が先に切り出す。
シャークマンには理解のできないことだが、どうやら目の前の男は気配などという目にみえない不確かなものを察知することに長けているらしい。
「こちらには戦う気はないので、誤解のないように。第一殺すつもりだったら問答無用で襲いかかっていたはずでしょう?」
両手を軽く挙げ、ゆっくりと茂みから姿を現す。
何かされる前にと先手を打って弁解したが杞憂だった。相手にやる気はないらしい。
「ならいいんだ。それと俺も殺し合う気はないのよ。俺は格闘家だが殺人鬼じゃぁないもの。真に気高い格闘家(おおかみ)は無抵抗の弱者(ひつじ)を噛み殺すことはしないのさ」
なんだその微妙お姉口調は。ていうか中途半端でわかりにくいその比喩はカッコいいつもりで言ってるのか。だいたい狼は羊を襲うぞ普通に。
「安心したよ、どうやら君は信用できるみたいだ……どうだい、私と一緒に行動するというのは」
言いたいことをグッとこらえる。
偉いぞシャークマン。早くも上から物言ってるけど。
「……好きにすればいいさ。ここで断って死なれたら、見殺しにしたみたいで気分悪いしね」
実際そんなことになったとしたら、みたいもなにも完全に見殺しにしたことになると思うのだが。
まぁ、とりあえず交渉は成立し無事に手駒を手に入れれたのだ。シャークマンにとってそんな些細なことはどうだっていい。
自分に大きな目的がある以上、些細なことを気にしても仕方がないのだ!
………何だか微妙に最初に言ったことと自己矛盾している気もするが、シャークマンは気にしない。つーか気付いてない。
「まぁ、なんにせよ街を目指した方がいいだろう。やはり人が集まるし、私もちゃんとした工具がほしい」
バズーカの外郭の解体と組み立てぐらいしかできないようなショボい工具では、この首輪の外郭を外し構造を拝むこともなく爆死できるだろう。ドライバーだけでも数種類のサイズのものを使わないと開けられないようだし。
「なるほど、島の反対側だから多少時間はかかるけど、たどり着いたころには適度に人も集まってそうだから問題はないな。
よし、それじゃぁ出発しよう」
「あ、ちょっと待ってもらえるかな」
「……なんだい?」
いざ出発と意気込んでいたところに横やりを入れられ、男は不満そうな視線を向ける。
「素直に南下すれば早いかもしれないが、リスクが大きすぎる。森林は無くなって平野になるし、地図がアバウトすぎてよくわからないが見たところ崖のようなところがある。下手をしたら上を取られて奇襲に……
「おだまり!」
突然のおだまり宣言に、さすがのシャークマンも嫌悪感を顔に出す。それでも目の前の男は自分を曲げない。
「こそこそいくなんざまっぴらだ!」
「………」
「後ろをふり返っている者には光は見えてこない。前に歩を進める者に勝てるわけがない!!」
「……この場合の前や後ろとは意味が違うと思うんですけど?」
この人どっかおかしいんじゃなかろうか。発言にまるで知性が感じられない。
それともこの男は山手線で一駅乗り過ごしても反対方面の電車に乗らずそのまままた一周するとでも言うのだろうか?
「……無思慮なのはどうかと思
「俺だって考えがないわけじゃぁない。いいか、こそこそと無理な体勢をとっていると倒せる相手も倒せやしない。
だが一番慣れた歩き方をしておけばいつ勝負を挑まれても対応できる。そもそも奇襲なんざ格闘家(おおかみ)のやることじゃぁない」
ちなみに目の前の男はライバルであるビリー・カーンに対し、屋上から植木蜂を落とすという暴挙に出たことがあるが、どうでもいいことである。
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