学者の理論、狼の理論 ◆wKs3a28q6Q

天才科学者・ミカエル=シャークマンは悩んでいた。
もちろん、このゲームに乗るかどうかの話ではない。
彼の優秀な脳味噌はすでに『こんな馬鹿げた非生産的なゲームに乗る必要は無し』という結論を導き出している。しかし、同時にある結論も導き出していた。

『このゲームは誰かを信じることが死に繋がるが、利害の一致する者を仲間にできれば生存率はグンと上がる』

当たり前だバカ野郎、と言いたくなるほど基本的なことだが、そういう初歩的なミスこそ忘れやすい。
生物兵器の失敗作をしこたま作り上げた彼は誰よりもそのことを痛感している(ただし、それが次回の実験に反映されるかは別として、だが)。

くどいようだが、これはたったひとつの“生存”という名の椅子を巡る椅子取りゲーム。
弱い立場の者に自ら椅子を譲るなどという小学校の道徳の時間に習うような慈善行為をする場面ではない。
例えどんな良い人オーラをかもし出した相手であろうと、背中を襲われる覚悟をして接しねばならない。
それでもそのリスクを背負ってでも仲間をつくる価値があるのは、やはり仮眠を取る際の見張りや戦闘になった際の戦力になることが大きいだろう。
論理的に考えてどんな者でも(それこそゲームに乗って皆殺しを企む者でも)序盤は仲間を欲するはずだ。
もっとも、殺人快楽者にはこの理論が通用しないのだが………まぁ、それはそれだ。科学にわずかな例外はつきものである。
(どうする………罠……にしてもアレはあまりにも……)

そして今、転送先である小さな家を出てから初めて他の参加者を目撃したのだ。
その男は誰かの首が弾け飛んだ際、覆面男に飛びかかろうとして他の人物に押さえ込まれてた者の一人だ。おそらく快楽殺人者ではないだろう。仲間にできる可能性はそれなりに高そうだ。
だが、その男は周りを警戒する様子もなく堂々と肩で風を切りながら歩いている。
それも、奇襲されたらどうしようとか考えてないんじゃないかコイツと言いたくなるような開けた道を、だ。
(罠……にしてはやはりリスクが高い………ほぼ間違いなくあの行動は天然……
 ………………今回は見送った方がいいか?)
罠じゃなく素でやってるのだとしたら、おそらくは“地上の奴ら”に引けを取らない大馬鹿野郎なのだろう。
そんな馬鹿とは関わり合いを持たず、時折遠くから見下すのが一番だ。
しかし、あの惨状をまのあたりにして相手に突っ込むということは、それなりに腕に自信はあるはずだ。
だからこそ罠だと洒落にならないのだが、ただの馬鹿なら掌で踊らせやすいいい手駒になるかもしれない。
(………科学の進歩に犠牲はつきものだ。その犠牲が私になったとしても、それは仕方のないことか………)
直接関係があるのかすらわからない理屈をひたすら並べて悩んでいた科学者に決意をさせたのは、やはりというかなんというか、ともかく未知の科学兵器への関心だった。
専門分野は生物兵器だが、パッと見ただけとは言えどうなってるのかさっぱりわからない首輪型の爆弾が手元にあるのに、解析するなという方が無理な話だ。
しかし、自分の首輪をいじるにしろ他人の首輪をいじるにしろ、集中しなくてはならないためやはり見張りは必要だろう。
(問題はなんと声をかけるか、か……)
相手が積極的に殺す気はなくとも、こちらが殺る気だと思われて攻撃されたら意味がない。支給された物が物なだけに警戒もされやすそうだ。
余談だが、彼にとって支給されたバズーカ砲は古代兵器に近く、そのシンプルすぎる構成に対して高度な能力を持つその武器もまた、解析対象に入っている。
とにかく、攻撃されたら元も子もない。
はっきり言って殺人に抵抗など全くないが(科学の発展に犠牲はつきものだと、偉大なるダイジョーブ博士もおっしゃっている)、一発外せば返り討ちにあうのは目に見えている。
(やはり友好的だと示すためには、小刻みに震えながらお近づきの印を渡すのが一番……いや、ダメだ。私物は没収されたし、差し出すものが何もない)
先程の家にはカプチーノすら置いていなかったため、バズーカを一度解体する際に使った工具以外何も持って来ていない。かといってバズーカをみすみす渡してしまうのも気が引ける。
「さっきからこそこそ隠れてないで、いい加減出て来たらどうだ?」
こちらに背を向けたまま、金髪の男が先に切り出す。
シャークマンには理解のできないことだが、どうやら目の前の男は気配などという目にみえない不確かなものを察知することに長けているらしい。
「こちらには戦う気はないので、誤解のないように。第一殺すつもりだったら問答無用で襲いかかっていたはずでしょう?」
両手を軽く挙げ、ゆっくりと茂みから姿を現す。
何かされる前にと先手を打って弁解したが杞憂だった。相手にやる気はないらしい。
「ならいいんだ。それと俺も殺し合う気はないのよ。俺は格闘家だが殺人鬼じゃぁないもの。真に気高い格闘家(おおかみ)は無抵抗の弱者(ひつじ)を噛み殺すことはしないのさ」
なんだその微妙お姉口調は。ていうか中途半端でわかりにくいその比喩はカッコいいつもりで言ってるのか。だいたい狼は羊を襲うぞ普通に。
「安心したよ、どうやら君は信用できるみたいだ……どうだい、私と一緒に行動するというのは」
言いたいことをグッとこらえる。
偉いぞシャークマン。早くも上から物言ってるけど。
「……好きにすればいいさ。ここで断って死なれたら、見殺しにしたみたいで気分悪いしね」
実際そんなことになったとしたら、みたいもなにも完全に見殺しにしたことになると思うのだが。
まぁ、とりあえず交渉は成立し無事に手駒を手に入れれたのだ。シャークマンにとってそんな些細なことはどうだっていい。
自分に大きな目的がある以上、些細なことを気にしても仕方がないのだ!
………何だか微妙に最初に言ったことと自己矛盾している気もするが、シャークマンは気にしない。つーか気付いてない。
「じゃぁ、一先ずどこを目指すのか聞いてもいいかな?」
地図も手にしておらず、おそらく鞄にしまいっぱなしのところから見るに、当てもなくさ迷っていたのだろう。
とりあえずはゆっくり首輪を観察できる家屋か……周りからの強襲にもある程度対応できそうな森の中を目指すよう誘導するのがベストだ。
さっきの家屋は家の周りが360度開けていて、おまけに遮蔽物が森まで行かねばほとんど無い。
遠距離攻撃に恐ろしく弱そうなうえろくな物が置いていないし、あの家に戻ることは極力避けたかった。
「俺は……ビリー・カーンという男を探している」
男の瞳に、何やら強い決意のようなものが宿る。よほど大切な人なのだろうか。
「……仲間を探す、か……まぁ、確かに先のことを考えるとそれが一番だと思うし、目的を決めてから進行方向を決めるのは合理的とも言
「奴は仲間なんかじゃない」
「………は?」
主催者打倒を目指し協力なグループを作るなら作るで好都合だ。多少居心地は悪くなるだろうが、首輪解析を全面的に援助もしてもらえるだろうし。
優秀な脳味噌がそういう結論を導き出したため、序盤に巨大なチームを作るため危険な者に会う可能性も高いが街を目指そうと地図を広げようとしたのだが、イマイチ理解不能な男の言葉に思わず手が止まってしまう。
「奴とは決着をつけようと誓い合ったからね。ドイツまで行く手間が省けたし、今度こそ俺が勝ってみせるさ」
聞いてもいないのに解説ありがとう。後先考えて喋らないと早死にするぞ。
「え……と、つまり、格闘技のライバルみたいな人を、再戦のために探していると?」
「あぁ」
「……ま、まぁ、いいんじゃないかな」
理解不能な男の思考回路に眩暈を覚えながらも、今後のことを考えこの男と行動を共にする方が得策だと自身に言い聞かせる。
「まぁ、なんにせよ街を目指した方がいいだろう。やはり人が集まるし、私もちゃんとした工具がほしい」
バズーカの外郭の解体と組み立てぐらいしかできないようなショボい工具では、この首輪の外郭を外し構造を拝むこともなく爆死できるだろう。ドライバーだけでも数種類のサイズのものを使わないと開けられないようだし。
「なるほど、島の反対側だから多少時間はかかるけど、たどり着いたころには適度に人も集まってそうだから問題はないな。
 よし、それじゃぁ出発しよう」
「あ、ちょっと待ってもらえるかな」
「……なんだい?」
いざ出発と意気込んでいたところに横やりを入れられ、男は不満そうな視線を向ける。
「素直に南下すれば早いかもしれないが、リスクが大きすぎる。森林は無くなって平野になるし、地図がアバウトすぎてよくわからないが見たところ崖のようなところがある。下手をしたら上を取られて奇襲に……
「おだまり!」
突然のおだまり宣言に、さすがのシャークマンも嫌悪感を顔に出す。それでも目の前の男は自分を曲げない。
「こそこそいくなんざまっぴらだ!」
「………」
「後ろをふり返っている者には光は見えてこない。前に歩を進める者に勝てるわけがない!!」
「……この場合の前や後ろとは意味が違うと思うんですけど?」
この人どっかおかしいんじゃなかろうか。発言にまるで知性が感じられない。
それともこの男は山手線で一駅乗り過ごしても反対方面の電車に乗らずそのまままた一周するとでも言うのだろうか?
「……無思慮なのはどうかと思
「俺だって考えがないわけじゃぁない。いいか、こそこそと無理な体勢をとっていると倒せる相手も倒せやしない。
 だが一番慣れた歩き方をしておけばいつ勝負を挑まれても対応できる。そもそも奇襲なんざ格闘家(おおかみ)のやることじゃぁない」
ちなみに目の前の男はライバルであるビリー・カーンに対し、屋上から植木蜂を落とすという暴挙に出たことがあるが、どうでもいいことである。
「いや、待て、その理屈はおかしい。そもそもオオカミ云々以前にこれはそういうゲームのはずだ。なんで途中から真っ正面から勝負を挑まれるのが普通みたいな流れになって
「わかったら行くぜ」
コイツ、人の意見聞いちゃいねぇ。
シャークマンは眉間を押さえてうなだれながら、ここには居ないザクロチトセオーに思いをはせる。
マリアを逃がしたりとどこか無能なところがあり、気の利かせ方も微妙な奴だったが、目の前の男に比べたらウン万倍も素直で使いやすくありがたい存在である。
(……誰もわかったなんて言ってないだろう……まったく……)
心の中で不満を漏らしながらも、なんだかんだで目の前の金髪男の後を追う。理論的に二人の方がいいに決まってるのだ、感情的になって別れても仕方あるまい。
「……ん?」
先ほどから違和感はあった。相手の超絶理論があまりにもアレだったせいで気付かなかったが、この男……
「武器……というか、デイパックは?」
この男、手ぶらじゃないか。
「捨ててきた」
「…………はい?」
「す・て・て・き・た」
あ…?あ…?何を言っているんだこの男は…?
 捨  て  た  ?
生命線である武器と水と食糧を?
それはひょっとしてギャグで言っているのか?
「な、なんでそんな……」
「使い慣れていない武器なんか持っていたら、邪魔くさくって実力が出せないじゃないの」
どう考えてもおかしいのに、本人は理論的に考えてるつもりなのだろう。
あぁ、やっぱりコイツとは別れた方が良かったのかもしれない。
「お前も、使えないなら背中のそいつは置いていった方がいい」
「……いや、持って行く。君みたいに身体能力に自信は無いことだし、ね」
少し不満げに前に向き直り、男は再び歩を進める。
こちらに聞こえるように呟く男の背中を見つめながら、天才科学者の優秀な脳味噌はひとつの結論を導き出した。
「男なら拳ひとつで勝負せんかい……」
コイツに理論的な思考を求めても無駄である、と。



【D-04 平地】
【ミカエル・シャークマン】
[状態]健康・テリーのおかげで精神的にややゲンナリ
[装備]ヤエバズーカ(残り4回)
[道具]初期支給品・チャチな工具
[思考]1.やる気はないが、誰がどうなろうと知ったことではない
   2.どこかで腰を落ち着けて首輪の解析を(ゆとりがあればヤエバズーカの解析も)したいため、一先ずは仲間と工具を探す
   3.テリーとは性格的に合わないと感じているが、襲われることはないだろうと思っている
[備考]ヤエバズーカは一度分解しているので、誤作動を起こす可能性があります
【テリー・ボガード】
[状態]無駄に好調
[装備]己の拳ひとつ
[道具]何もなし(デイパックはスタート位置に放置しました)
[思考]1.ビリーと決着をつける
   2.とりあえず最短ルートで街へ


※ヤエバズーカは付近の人間全てに強制ロックオンされます。一度に複数人に弾が行っても“一回”とカウントします。
※ヤエバズーカの威力は首輪の爆弾より少し強い程度です。
※ヤエバズーカの弾のホーミング機能は高性能ですが、障害物に当てることで回避できます。
※テリーのデイパックの位置は回収させたい方にお任せします。北から歩いてきたようなので、D-04よりは北よりにあります。


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